農業政策は国の経済発展段階と国民経済の「型」によって規定される。
一律の正解はなく、各国の歴史的経路を比較することでしか農政の本質は見えてこない。
農業政策には 「世界共通の正解」が存在しない。 その国の経済発展段階と国民経済の「型」が異なれば、有効な農政も異ならざるを得ない。
農業を考えるとき、人は「最先端の技術を入れれば良い」「強い農家を育てれば良い」と単純化したくなる。 しかし安藤教授はこの講義の出発点で、まずその発想を断ち切る。
食料・農業・農村問題の中身は、その国がいま経済発展のどの段階にいるか、 そして国民経済全体がどんな「型」を持つかによって、内容そのものが大きく変わる。 したがって対応する政策もまた異ならざるを得ない。
本講義は 「先進国間の歴史比較」 と 「戦後日本の展開」 の 2 部で構成される。
国民経済の発展段階と農政の関係(先進国比較)
重商主義 → 自由主義 → 帝国主義 → 国家独占資本主義 の 4 段階で、英独仏伊露日米の対比を行う。
各段階で農業構造がどう変化し、農政がどう応答したかを歴史的に追う。
戦後日本の食料・農業・農村問題の展開
第 2 部の終わりは 1985 年プラザ合意・円高後 に設定される。
食料・農業・農村基本法(1999)の成立以降の現状は、本講義の射程外。別途「比較農業政策論」の講義で詳しく論じる予定である。
プラザ合意以降の円高は、日本の輸出競争力を奪い、企業の多国籍化と「国内産業の空洞化」を一気に進めた。 農業・農村も低賃金労働力プールとしての役割を終え、その役回りは 非正規雇用と外国人労働力 に置き換わっていく。 つまり、戦後日本農政が前提としていた経済構造が断絶する転換点こそが 1985 年なのである。
それ以降の食料・農業・農村基本法(1999)体制は、新自由主義・WTO 体制・グローバル化という別の文脈で語る必要があり、 別講義「比較農業政策論」に委ねる、というのが本講義の射程設計である。
ロストウは 全ての社会が 5 段階を辿って自立的成長へ移行する と主張した。 離陸(産業革命)こそが分岐点である。
どんなに低開発状態の国であっても「伝統社会 → 先行条件期 → 離陸 → 成熟 → 高度大衆消費」を経れば 経済発展は可能だとロストウは説いた。原型はイギリス。毛織物工業のプロト工業化から 2 回の囲い込みを経て農業革命へ、そして産業革命へという経路が「お手本」とされた。
ロストウは「全ての社会」は必ず「農業支配的な基礎から工業支配的な基礎に移行する」、 工業化への「離陸(Take-off)」過程を経験するというものであり、全ての伝統社会は この離陸過程を経験することで永続的な自立的成長過程に移行することができるというものである。
どのような低開発状態の国であっても、 「伝統社会 → 離陸のための先行条件期 → 離陸 → 成熟への前進 → 高度大衆消費時代」 という過程を経て、経済発展を遂げることが可能であると主張した。この発展モデルはイギリスが原型である。
このロストウ理論の最大の問題点は「離陸の先行条件」をどのようなものとして把握するか ということであり、「伝統社会」の特性如何がその後の経済成長のパターン(「型」)も 大きく変わってこざるを得ないという問題に対して明確な解答がないという点にある。 それはともかく、産業革命以前の社会構造という初期条件がその後の経済成長も大きく規定している ということだけは間違いない。
同じ「離陸」でも国によって 飛び方は劇的に異なる。 これが講義全体を貫く核心的な比較軸である。
毛織物業のプロト工業化が先行。第 1 次・第 2 次の囲い込みで土地集積が進み、農業革命(ノーフォーク農法)で生産性が跳ね上がる。これが産業革命の前提条件となった。
300 余の領邦国家に分裂し、産業資本の形成が遅れる。ユンカー支配による「上からの近代化」を強行したが、農民層分解は停滞し、零細な「小農」が温存される構造となった。
外圧(黒船)を契機に国家主導で重化学工業化を強行。地主制による高率現物小作料で農民を低賃金強搾取し、工業化の原資を捻出した。社会的歪みが大きく、後の総力戦体制と植民地獲得競争につながる。
ウォーラスティンは 「世界経済全体が 1 つのシステム」 であり、 中核 / 半周辺 / 周辺の三層構造から成ると主張した。
「中核の椅子の数は決まっている!?」
分析単位は一国単位ではなく 世界経済全体 である。 「国民的発展」というのは フィクション であって存在するのは 1 つの「世界システム」だけであると主張したのがウォーラスティンである。
世界システムは「中核」「半周辺」「周辺」という 3 地域から構成されており、その入れ替わりはあるものの、 例えば「覇権国」は オランダ → イギリス → アメリカ へと 移行しているにすぎず、世界システムの 三層の支配構造そのものに変化はないとする。
詳しくはウォーラスティンの著作をあたられたい。
= 覇権国の入れ替わりはあるが、三層の支配構造そのものに変化はない
経済成長とともに 産業の重心は 1 次 → 2 次 → 3 次へ移行 し、 第 1 次産業の就業人口割合は次第に低下する。
※ バー比率は概念図。実数値ではない
ペティ・クラークの法則とは、経済成長とともに産業の重心は 第 1 次産業から第 2 次産業、第 3 次産業に移るとともに、 産業間の所得格差によって労働力が移動する結果、 第 1 次産業の就業人口に占める割合が次第に低下する傾向にあるというものである。
この法則は ペティとクラークという 2 人の名前をとったものである (ウィリアム・ペティ/コーリン・クラーク)。
この経験則は 「農村から都市への人口流出」「兼業農家化」「離農」 といった 農村問題を構造的に規定する。日本でも、戦後の高度経済成長期に 農村から都市への大規模な人口移動(「集団就職」「金の卵」)が起こり、 農工間(所得)格差が深刻な政策課題となった ― これは第 7 回・第 8 回で詳しく扱う。
ロストウ的「共通法則」と、ウォーラスティン的「構造的位置取り」を どちらも片寄らずに引き受ける。 安藤教授が採るのは折衷的な現実路線である。
ペティ・クラークの法則のような、一国の経済発展に共通する構造変化は存在する。 各国の経路は完全にバラバラではなく、共通の「文法」がある。
同時に、その国が国際政治経済体制でどの位置を占めるか、 世界経済全体の発展段階からどんな影響を受けるかが、進路を大きく規定する。
世界経済全体の発展段階は「最も経済発展を遂げた国家群によって規定されている」。 つまり中核国と周辺国は一方通行ではなく、互いに規定し合う関係にある。
各国の個性は 食料政策・農業政策・農村政策・環境政策 の 4 領域を 分断せずに比較することで初めて立ち上がる。これが本講義の方法論的立ち位置である。
ロストウだけでは、なぜ多くの国が経済援助を受けながらも低開発状態にとどまるのかが説明できない。 ウォーラスティンだけでは、各国が能動的に選び取った政策の差(例えば日本の戦後農地改革と西独・東独の違い) が見えなくなる。両者を等しく引き受ける折衷路線こそが、現実の農政比較に最も耐える方法論である。
この立場は本講義全体(全 12 回)を貫く視座である。 各回の歴史記述で、共通法則 / 位置取り / 相互規定 の 3 つを行き来する読み方を意識してほしい。
農政の正解は教科書の中にはない。比較史の中にしかない。
英国はなぜ綺麗に離陸できたのか、日本はなぜ無理をしなければならなかったのか ―
この問いを繰り返すことが、現代の食料・農業・農村政策を考える基礎体力をつくる。
本講義の全 12 回は 第 1 部「歴史的比較」 → 第 2 部「戦後日本」 の 2 部構成。 第 1 回(本回)はその全体像を提示する導入回である。